海外でのアルコール依存症対策のご紹介

日本の依存症対策の現状は?

厚生労働省研究によると、国内におけるアルコール依存症者数は約109万人1)と推定され、大きな社会的な問題となっています。しかしながら、精神科で専門治療を受けている患者数は4万9000人2)程度しかおらず、多くの治療を必要としている患者の存在が明らかでありながら、実際には依存症治療につながっていないことがわかります。このように多くの患者が専門治療を受けるべきであると指摘されているにもかかわらず、実際に精神科の門をたたく人が非常に少ないのはどうしてなのでしょうか?なぜなら、日本人にとってアルコールの問題を抱えているということは「恥ずかしいこと」「意志の弱い性格のせい」とみなされ、その人自身の人格の問題ととらえられる傾向があるからです。このように依存症に対しての正しい理解や対応は進んでおらず、世間一般には厳しい視線が注がれることがわかっているため、なるべく人から知られないようにしようという気持ちが働くことがほとんどです。実際に、例えば芸能界などで活躍する有名人が依存症であるとわかると、社会的な制裁を求めるようなネガティブな対応を多く見聞きします。

海外での現状と取組み

それでは、海外での状況はどうなっているのでしょう? アメリカでも以前は日本と同じような状況でした。アメリカの基盤を作った移民には戒律の厳しいキリスト教会派の人たちが多く、キリスト教信仰以外から、つまり酒、タバコ、セックスなどから快楽を得ることが禁じられていました。そのような宗教的な視点からアルコール依存症になる人は「自制心(discipline)がない人」とみなされ、アメリカでも日本と同様に「恥ずかしい」ことで、病気ではなく個人の問題と考えられていました。そのような社会の価値観を変えていくきっかけの一つとなったのが、アメリカで生まれたAA(アルコホーリクス・アノニマス)という自助グループ6)です。そこでは当事者同士が週1回ミーティングに集い、自身のお酒に関する体験談、悩み、依存症からの回復に関する話をして経験を分かち合います。アルコールを飲まない生き方を手にし、それを続けていくために自由意志で参加する世界的な団体です。このAAによる長い啓発活動によってよりオープンに依存症を打ち明ける機会を増やす一因となりました。
さらに、依存症に対する偏見に一石を投じる人物があらわれます。第38代アメリカ大統領夫人、ベティ・フォードさんです。彼女はアルコールと鎮痛剤の依存に苦しみ、1978年に依存症の入院治療を受けます。彼女は、自分が入院治療をうけたことを契機としてその事実を公表3)し、1982年にはアルコール・薬物依存の治療機関、ベティ・フォード・センターをカリフォルニア州ランチョ・ミラージュに設立しました4)。そして彼女は自身の生涯をかけて「依存症は恥ずかしいことではなく、治療ができる病気であること」を発信5)しつづけました。そのおかげで、次第に依存症に対する否定的なイメージは払拭されていきました。今では、誰もが「自分は依存症なのでこれから専門治療を受けます」と公表でき、暖かくそれを応援するような社会にアメリカは変わってきました。"Go to Betty Ford"といえば“依存症の治療を受けに行く”と理解されるほど、彼女の活動が広く深くアメリカで広がっています。

 

それでは日本に近い、アジア諸国ではどうでしょう? 韓国、タイ王国など多くの近隣諸国でも、日本と同じように多くの依存症患者がいる一方で、実際に依存症治療につながっている方は比較的少数のようです。韓国では全国調査にて139万人のアルコール使用障害患者数が推定されていますが、実際に治療の必要性を感じている割合が8.6%と報告(2011)がされています7)。また、タイ王国では“生涯調整生命年(DALY):病気によって早死し失ってしまった年数、もしくは健康的に過ごすことが出来なくなった年数を示す指標”の第一位の原因がアルコールでした8,9)。しかし、この両国は様々な取り組みによって少しずつこの状況を改善してきています。取り組みの一つとして、両国にはAAを含む多数の自助グループが発達しています。韓国ではKorean Addiction Forum10)という研究ネットワークが組織され、メディアや政府に対して依存症問題に関する提言やサービス体制の普及と開発を行っています。またタイ王国も同様に保健省(Thai Ministry of Health)が中心となって普及活動を行っています。このような活動の結果、韓国の2016年の調査結果では治療の必要を感じている人の割合は前回の8.6%から12,2%に上昇し、タイにおいても2014年の調査からDALYの第1位から第5位にまで順位が下がりました。

これからのかかわりについて

日本でも2013年にアルコール健康障害対策基本法が策定され、2018年にはアルコール依存症における新規ガイドラインが制定されるなど大きな変化の時期を迎えています。その中でこれらトリートメントギャップ(本来治療が必要にも関わらず、治療にかかっていない人)の解消がひとつの大きなテーマとして注目されています。韓国やタイ王国のように日本にもAAに加えて断酒会11)という我が国特有の自助グループもあり、日本の抱える課題の解消に大きな役割を担っています。アジアの自助グループ活動は日本が一番定着している現状ではありますが、さらにアルコール依存症を「回復できる病気」と捉えて理解し、偏見を払拭して、社会全体でポジティブに治療を応援してあげられるような理解や啓発活動が広がればと思います。

 

参考文献:

1.平成25年 厚生労働省研究班“WHO世界戦略を踏まえたアルコールの有害使用対策に関する総合的研究”(樋口進代表)

2.平成26年 厚生労働省患者調査

3.Elaine Ford : Betty: A Glad Awakening, Hardcover – February 6, 1987

4.“Hazelden Betty Ford: Drug and Alcohol Addiction Treatment Centers”
https://www.hazeldenbettyford.org/

5.“Back in View, a First Lady With Her Own Legacy”  The New York times DEC 31, 2006

6.Alcoholics Anonymous:https://www.aa.org/(米国), http://aajapan.org/introduction/(日本),http://www.aakorea.org/(韓国),http://www.aathailand.org/ (タイ王国)

7.2016년도 정신질환 실태조사 The Survey of Mental Disorders in Korea (2016 ver)

8.Burden of Disease Thailand,http://bodthai.net

9.The National Statistical Office Thailand, NSO http://www.nso.go.th/

10.Korean Addiction Forum  (http://www.addictionfr.org/web/)

11.“全日本断酒連盟(断酒会):http://www.dansyu-renmei.or.jp/