患者さんへ依存症治療をすすめる際に
依存症の疑いのある患者さんを専門医療機関に紹介するには、患者さんに紹介の方針を伝え、合意を作る必要があります。目の前の患者さんがその方針に消極的、ないし明確に反対の意志を示している場合、どうしたらよいでしょうか。もちろん、患者さん本人との合意がないままに紹介することはできません。「患者さんが拒否する以上、無理に紹介はできない。仕方ない」と、あなたは紹介をあきらめるかも知れません。でもその前に、いくつかのことを知ってほしいのです。
1.本人は問題があることを自覚している
多くの場合、患者さん本人は依存の問題があることを自覚しています。心理的抵抗を示すのは、問題があることは分かっているから、痛いところに触れたくないからなのです。別の見方をすれば「問題があることは分かっている。でもまだやめる決心がついていないし、自信もない。やめられない」という、相反する考えに苦しんでいるからとも言えます(両価性、ないし葛藤と言います)。患者さんが自由意志で治療を拒む以上は、その意図は尊重されなければならない。善良な医療者であるあなたはそう考えるにちがいありません。しかし、依存の問題に触れることを患者さんが拒むのは、多くの場合は本人が相反する二つの考えのあいだで葛藤しており、揺れているからなのです。完全にとりつく島もないわけではないのです。
2. 両価性に寄りそう
患者さんの中に葛藤があると分かったとき、ではそこからどう面接を進めれば良いでしょうか。私たちは目の前の相手が自分の意見に沿わないとき、反射的に説得したい、相手を正したいという気持ちが働きます。でもその前に、問題を認めたくないという患者さんの気持ちに、少しだけ寄りそっていただきたいのです。
私たちの社会には、残念ながら依存症に対する偏見がまだまだ残っています。依存症の疑いがあるから専門機関を受診しなければならないというのは、患者さんにとってはハードルが高く、ショックなことです。
まず、患者さんの中に相反する両方の気持ちがあり、動揺していることを理解し、共感を示しましょう。「共感と言われても、精神科医でもないのにどう接したらいいか分からない」そう思われるかも知れません。でも、分からないときは患者さんの発言の中から葛藤に関する言葉を見つけ、繰り返すだけでいいのです。「どうしたら良いか分からない」「何とかしなくちゃいけないのは分かっている」「飲み過ぎだとは前から感じてはいた」そう言った言葉を患者さんの発言の中にみつけ、繰り返すだけで、面接はぐっと進めやすくなります。
3. 患者さんの側に立つ
私たち医療者は、患者さんの健康を守る立場に立つべきです。しかし、こと依存症に関しては、患者さんと私たちは反対側に立って互いに綱引きをしているような状況になりかねません。どうか、私たちは患者さんの側に立っているのだと言うことを伝えてください。その上で、患者さんの健康を守る立場から、専門機関に紹介する必要があるのだということを伝えてください。また、例え面接が思うように進まなくても、患者さんを「あなたは依存症だ」などと一方的に決めつけることのないようにしましょう。
4. 事実を伝える
共感や理解と同時に、私たちはプロフェッショナルとして、医学的事実を伝えていく必要があります。たとえばやや古いデータですが、1982年の調査ではアルコール依存症の方の平均死亡年齢は50歳前後です1)。顔が赤くなるタイプの方が多量飲酒と大量喫煙を続けた場合、頚部のがんの発症率はそうでない人の30倍です2)。何の治療もしない場合、事故や数々の病気を引き起こし、生命予後は不良です3)。一方で治療をすれば回復する病気であり、実際に治療を受けて依存の問題が解決している人も大勢います。こう言った事実をていねいに伝えることは、患者さんが考えを深める材料にもなりますし、しっかりとした治療関係を作る良い機会でもあります。
5. やめる・やめないにこだわらない
依存行為を完全にやめるかどうかは、患者さん本人にとっては非常に悩ましい問題です。依存症の治療がはじまってからも、やめる・やめないの間を患者さんは行きつ戻りつしています。逆に言えば、まだ治療がはじまっていない段階で患者さんが依存行為をやめる決心がついていないのは、いたって当然のことなのです。
どうか、やめる・やめないの二元論で患者さんと対立しないでください。初期の段階では、専門医療機関受診の同意を得るだけで良いのです。確定診断、患者さんの治療意欲やモチベーションの引き立て、具体的な治療、そう言ったことは紹介先の専門機関の役割です。患者さんが依存行為をやめる決心がついていなくても、専門医療機関受診に同意した勇気を認め、問題に向き合う姿勢を評価し、支持しましょう。
参考文献:
1.今泉 洋子, 三田 房美. 戦後における精神障害の死亡に関する統計的分析(2) アルコール症とアルコール精神病. 人口問題研究. 1982:27-43.
2.Takezaki T, Shinoda M, Hatooka S, Hasegawa Y, Nakamura S, Hirose K, Inoue M, Hamajima N, Kuroishi T, Matsuura H, Tajima K. Subsite-specific risk factors for hypopharyngeal and esophageal cancer (Japan). Cancer causes & control : CCC. 2000;11:597-608.
3.Rehm J, Room R, Graham K, Monteiro M, Gmel G, Sempos CT. The relationship of average volume of alcohol consumption and patterns of drinking to burden of disease: an overview. Addiction (Abingdon, England). 2003;98:1209-1228.