依存症の疑いがある患者さんをお持ちの医療関係者の方へ

患者さんに依存症の可能性があることに気づいたとき、多くの医療者がどう診療を進めたらよいか迷うでしょう。「専門機関に紹介した方がいいかな。でも患者さんに切り出しにくいし、ハードルが高いなあ」「近くで依存症を診てくれるところも知らないし」「まずは様子を見て、自力でやめられるよう少しずつ勧めてみよう」そんな風に思うかも知れません。あるいは「依存症は否認の病気だ。依存症の事実を突きつけて、本人が治す気がなければ関わらない」と考えるかも知れません。じっさい、依存症の可能性に気がついた時、医療者はどうアセスメントし、どう診療したらいいのでしょうか?

1. 様子を見るは悪手。安定剤を出すだけは最悪手

依存症の方が、依存行動を主訴に受診することは多くありません。たいがいは診療の過程で問題が明らかになるか、体調不良、不眠やイライラなどの不定愁訴が主訴であることがほとんどです。そのため、依存症のファーストコンタクトは内科や一般メンタルクリニック、あるいは産業医といった場合が多いのです。そうした場合、依存行動について質問すると「眠れないから」「気持ちを晴らしたくて、つい」といった言葉が返ってくるでしょう。そして「とくに問題はありません。自分で気をつけます」と患者さんは続けることと思います。あなたはそれ以上の面接の手がかりを失い、「では気をつけて、量が増えないように」という簡単な指導で面接を終えるかも知れません。場合によっては患者さんに「不眠やイライラがあるのなら、頓服を処方しましょう」と提案するかも知れません。
でも、待ってください。多くの依存症の方は、程度の差こそあれ、自身の依存行動を自覚しています。それを隠したり正当化したりするのは、「そのことに触れられたくない」と感じるからなのです。依存の可能性に気がついたら、もう少しだけ詳しく問診してください。簡単な生活指導をして様子を見るという作戦は、依存症にあっては悪手です。問題の先送りに過ぎません。また、対症療法として安定剤や睡眠剤を処方するだけというのは、最悪手です。問題を先延ばしにするばかりか、処方薬依存のリスクが高まり、アルコールとの併用や大量服薬にもつながりかねません。もし経過観察をするのであれば、観察期間と到達目標を明確に定めてください。

2. 専門機関に紹介を

もちろん「専門機関に紹介しようか」という考えが、誠実な医療者であるあなたの脳裏をよぎったことはまちがいないでしょう。しかしその直後に「待てよ」という考えが浮かんできたにちがいありません。患者さんがいやがる、近くに専門機関がない、依存症かどうか自分でも確定診断がついていないのに、専門機関に紹介してもよいのか分からない。しかし、問題を先送りすればするほど、その間に依存症は悪化していきます。依存症は社会性の障害でもあり、病状の悪化とともに仕事や家庭など、本人を取り巻く状況は悪い方向に進んでいきます。一時的に問題が良くなったと思えても、長期的には家族やまわりの人々をトラブルに巻き込みながら、依存症は悪化していきます。

 

専門機関への紹介は患者さんにいやな顔をされるというのは、もっともな心配です。たしかに患者さんへの切り出し方は神経を使います。でも、それは方針を決定したあとの話。「過量飲酒(あるいは違法薬物使用、処方薬過量服用、ギャンブルなど)傾向あり、改善せず。アセスメントと治療のため、専門機関紹介とする」とカルテに記載して、方針を固めてしまいましょう。どう受診を勧めるか、どこに紹介するかは、次のステップです。依存症もほかの疾病と同様、治療しなければ悪化していくということを忘れないでください。

 

また多くの依存症専門医療機関は、紹介元に厳密な診断を求めていません。紹介に当たっては、疑い診断でかまわないのです。

 

3. 自分を投影しない

依存症の中でアルコールはもっとも人数が多い疾患ですが、治療に結びつく率は決して高くありません。なぜでしょうか。飲酒は私たちの生活になじみが深く、過量飲酒や酒の上での失敗は医療者でも経験があります。そのことが、飲酒問題に対する対応を鈍らせてはいないでしょうか。肥満の医師は、肥満の患者さんに対する生活指導に消極的だという報告があります1)。同様に、お酒好きな医療者は、飲酒問題に対して許容の方向に傾いていないでしょうか。過度にご自身の飲酒体験を患者さんに投影せず、依存症のサインを見逃さないでください。

4. 対決しない

過去、依存症は倫理道徳の欠如と見なされていた時代がありました。現代は科学的な疾患概念が確立していますが、それでもなお私たちは依存症をセルフコントロールの問題ととらえがちです。患者さんも依存行動を恥ずかしく思い、話題に出すことも、専門機関の受診にも消極的でしょう。いきおい、面接は対決的になりがちです。「依存症を認めないのは否認だ。しっかり事実を突きつけて、否認を打ち破る必要がある」と、あなたはそう考えるかも知れません。

 

どうか、患者さんと対立することは避けてください。もちろん、経過や予後など医学的な事実を説明するのは必要なことです。でも、対立する必要はありません。長年の信頼関係が基盤にあれば別ですが、多くの場合、対立的な治療関係は良好な予後につながりません。

 

一回の診察で患者さんが依存行動を認め、専門機関受診に賛成するとは限りません。場合によっては、ねばり強く次の診察、そのまた次の診察で勧めていくことも必要でしょう。ご家族に同席してもらうのも良いアイディアです。人間、大事なことを決めるのは迷うし、時間がかかるものです。

[アルコール以外の依存症の場合]

上にあげた原則に加え、いくつか補足があります。

1. 違法薬物

違法薬物の使用が分かった場合、医療者はどうしたら良いでしょうか。おそらく通報の義務が頭をよぎると思います。しかし現在、通報するしないは、医療者の裁量に任されており、たとえその医療者が公務員であったとしても、職務上正当な理由がある場合(医療者の場合、この「職務」とは治療を意味します)には守秘義務を優先することが許容され得ます2)。アルコールも違法薬物も、物質使用障害という意味で多くの共通点があります。依存物質が違法薬物だからと言って、私たちが医療者としての関わりを放棄して良いはずがありません。まずは治療の可能性を優先し、薬物依存の治療ができる専門機関に紹介してください。

2. ギャンブル

ギャンブルもアルコールと同様、個人の趣味趣向ととらえられがちです。そのため、過剰なのめり込みが分かってもそれを医療として介入して良いのか、迷われることと思います。

 

依存症はコントロール障害です。ギャンブルも物質依存同様、過剰なのめり込みをご本人が制御できないのであれば、依存症の可能性が高いです。ギャンブル依存症が物質依存とちがうのは、身体合併症がないことです。そのため本人も周囲も相談のタイミングを迷っているうちに、問題が悪化していきます。ギャンブル依存症はその疾患特性から、借金、自殺のリスクが高く、周囲が気づきにくい病気です。あなたが問題に気がついた時点で、専門機関への紹介を検討してください。

 

参考文献:

1.Bleich SN, Bennett WL, Gudzune KA, et al: Impact of physician BMI on obesity care and beliefs. Obesity (Silver Spring) 20:999-1005, 2012

2.監修 新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン作成委員会, 編集 樋口進、斎藤利和、湯本洋介: 新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン. 新興医学出版社, 32-33, 2018