薬物依存症のための薬物療法

薬物依存症患者さんの治療では、乱用薬物の影響で生じた幻覚や妄想、睡眠障害の治療に対して薬物療法を行うことがあり、一定の効果があります。しかし、「薬物をやめられない、止まらない」という薬物依存症の本質的な病態そのものに対する薬物療法については、少なくともわが国ではほとんど実施されていません。

 

確かに、欧米で多く乱用されているヘロインなどのオピオイド類の依存症の場合には、薬物欲求を緩和したり、薬剤使用時の快感を減じたりする有効な薬物療法があります(代表的な薬剤は、メサドン、ブプレノルフィン、ナルトレキソンです)1。しかし、わが国における薬物依存症治療の現場では、オピオイド類の依存症は少なく、大半は覚せい剤の依存症です。

 

これまで国内外で様々な薬剤が覚せい剤やコカインといった中枢神経興奮薬の依存症治療に数多く試みられてきました。その結果、一部で、デキストロアンフェタミンやデキサアンフェタミンという、覚せい剤と類似した作用を持つ弱い中枢神経興奮薬の投与が効果的であったとする報告があるものの2、全体としては薬物療法の効果については懐疑的な意見が多い状況です3

 

以上のような理由から、わが国においては、薬物依存症の治療はもっぱら認知行動療法などの心理社会的治療が中心となります。ただし、実際の臨床では、一部の患者さんでは、薬物依存症に合併するうつ病や双極性障害、不安障害、注意欠陥・多動症などに対する薬物療法が、患者さんの精神状態を安定化させ、その結果として、薬物の欲求が軽減する、といった症例と出会うことはまれではありません。

 

参考文献:

1.松本俊彦: 依存・嗜癖における強迫性・衝動性と薬物療法. 精神神経学雑誌 133: 999-1007, 2011

2.Longo M, Wickes W, Smout M, Harrison S, Cahill S, White JM: Randomized controlled trial of dexamphetamine maintenance for the treatment of methamphetamine dependence. Addiction. 105: 146-254, 2010.

3.Brackins T, Brahm NC, Kissack JC: Treatments for methamphetamine abuse: a literature review for the clinician. J Pharm Pract. 24: 541-550, 2011.